無知蒙昧

読みたい本をすきなだけ

愚行録/貫井徳郎 を読みました

気づいた時には飲まれている感じ

2月に映画化されました、『愚行録』。
映画『愚行録』公式サイト

遅ればせながら今日映画を観に行くので、つい先日読み終えた原作の感想をここにまとめておきます。
妻夫木聡たのしみ〜。

ええ、はい。あの事件のことでしょ?―幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。深夜、家に忍び込んだ何者かによって、一家四人が惨殺された。隣人、友人らが語る数多のエピソードを通して浮かび上がる、「事件」と「被害者」。理想の家族に見えた彼らは、一体なぜ殺されたのか。確かな筆致と構成で描かれた傑作。『慟哭』『プリズム』に続く、貫井徳郎第三の衝撃。

1年前に起きたとある惨殺事件についての関係者へのインタビューと、謎の女性によるモノローグのみで構成される本作。
地の文による情景描写がないだけに、インタビュイー達の口調や言葉に引き込まれます。
気づいた時にはさくさく読めてしまっている、というか飲まれてしまっている感じがおすすめ。


語られるだけだからこそ感じる怖さ

インタビューされる事件の関係者は6人。
淡々と語られていく被害者への評価の仕方がそのまま語り手の本性を表しているようで、斜め上から彼らを見下ろす気分で読みました。(という登場人物への評価)

語られる人だけでなく、語る人も浮き彫りにされていく感じがよい。とてもよい……

ただひとり語らない主人公に、映画ではどんな台詞がつくのか楽しみ。予告編で妻夫木聡喋ってたから喋ってくれますよね?笑
人々の闇、自分の闇を覗いた彼は一体何を語るんでしょうか。

以下心に刺さったところを列挙。
ネタバレあります。



ありそうな日常がたくさん出てくる

ママ友同士の会話とか、リーマン同士の会話とか、大学生の恋愛のいざこざとか。
語り手の分だけ色々な立場の色々な出来事が出てきますが、そのひとつひとつがやたらめったらリアルだなと思いました。

前半のママ友同士の微妙に険悪なエピソードだったり、田向さんの社畜エピソードだったり、直接事件に関係ないようなところまでものすごく練って書いている感じが伝わってきます。
すごいのは田向さんのどんなエピソードも今回の事件には一切関係がないこと。
奥さんの大学時代のエピソードは事件の核心に関係があるのに、他の話と同じように読んでしまって悔しい。笑


なんてえぐい大学時代なんだ

とてもじゃないけれど大学生になりたくなくなるエピソードの数々…
中学生の頃は大学生=ほぼ大人ぐらいに思っていましたが、実際まだ19とか20とかの子供なんですよね。
宮村さんや尾形さん、稲村さんその他大勢の大学時代の過ち、即ち愚行も、「若気の至り」の言葉がぴったりだなと思えます。

でもこの夫婦は違うんです。大学生にして既に人心掌握に長けまくっている。

この歳でここまで考えて他人を動かすのって並大抵のことじゃないですよ絶対。
でもぼんやりと田向夫人の生き方に憧れを抱いてしまった。常に人の輪の中心にいるって疲れると思うんですけど、彼女は楽しんでいたんだろうなあ。


1番印象に残った登場人物は

4人目のインタビュイー宮村さん。
自分が悪く思われないように予防線をいちいち張りながら喋ったり自分を超然としていたとか言ったりしちゃうところに加えて、途中でさらっと殺されるところがかませ感100%でとてもよいです。
内部生、外部生という単語がやたら出てくることに初読時はあまり違和感を覚えなかったのですが、読み返してみるとクラス内ヒエラルキー意識しまくりですね。いいね〜。

宮村さんの自分語りと元彼の尾形さんからの評価のずれが、まさにこの小説の雰囲気が凝固されているようでたまらない。


稲村さんの子供は

田向さんに目元が似ているっていういかにも意味深な稲村さんの息子。まだミルクを飲んでいて生まれたてっぽいところに闇を感じます。
少なくとも田向夫妻の子供よりは年下ですし…… 田向さんは最近まで稲村さんと会ってたってことになるんですかね。
この人たちが愚かなのか邪推してしまう私が愚かなのかもう分かりませんね。笑


主人公の心情やいかに

インタビューと殺人と妹の面会で多忙な主人公田中さんですが、自分の感情を表に出さず暗殺のように通り魔をやらかすところからして結構スペック高そう。

殺した相手の話をインタビューするのってすごくないですか……
どんな表情で、どんな風に殺したひとの話を聞いたのか気になる。
そもそも宮村さんが妹の話をしたその時の彼の衝撃や焦燥はどのようなものだったのか…… きっと主人公は感情が顔に出ないタイプ。

妹が初出した時点で近親相姦くさいなと思っていたのですが(偏見)、ほんとにそうだったのであ〜落ち着くべきところに落ち着いちゃったんだなあと思いました。
虐待の連鎖という言葉をご存知でしょうか。親に虐待された子供は虐待する大人に育つというような意味なのですが、この言葉は彼ら兄妹にも当てはまってしまうんでしょうね。切ない。

ただ冒頭の記事読み返したら妹35歳だったんですね。びっくり。もうちょっと下かと…

蛇足になります。海外の実話ですが、虐待の連鎖とそれによる殺人事件を紹介するページがあるのでリンクを貼らせていただきます。このサイトさんの文章はどれもとっても読みやすいのでおすすめ。ぜひ読んでほしい。
虐待の連鎖


じわじわと助走をつけて結末へ

根拠は分からずとも、途中途中に挟まれる妹が何かやらかしたんだろうなとは想像はつくんです。
ただそれが逆に後味の悪さを加速させている。
衝撃というより悪寒とか寒気とか、掴みどころがないけれどふと忍び寄るような結末でした。

人生って、どうしてこんなにうまくいかないんだろうね。人間は馬鹿だから、愚かなことばっかりして生きていくものなのかな。
───『愚行録』田中光

おわりに

どうせ読むならと思って、同じ作者の『崩れる―結婚にまつわる八つの風景』という短編集も読んだのですがとてもよかったです!
後味の悪さと一見本題と関係ないような(本当に関係ない時もある)エピソードのリアリティは『愚行録』が後をひく方なら必ず好きになってもらえるかと思います。

貫井徳郎さんハマりそう。

では、映画観てきます!

最後までお付き合いいただきありがとうございました。